刑事訴訟法

【重要判例】おとり捜査の適法性 - 警察が犯罪に関与!?

1. 事件の概要

イラン人の被告人が大麻樹脂の買手を探しているという情報をキャッチした捜査協力者が、当該内容を麻薬取締官に連絡した。

麻薬取締官は(被告人の住居や立ち回り先、大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができないなどの)事案の性質を考慮し、捜査協力者と打合せを行い、おとり捜査を行うことを決めた。

麻薬取締官捜査協力者により、買手として紹介され、被告人とホテルの一室で会い、翌日同ホテルで取引することを約束した。

その翌日、被告人が大麻樹脂約2㎏を運び役に持たせて同ホテルにこれを運び入れたところ、麻薬取締官に現行犯逮捕された。

2. 争点/論点

・本件において、おとり捜査を行うことが許容されるのか。

3. 条文

条文

刑事訴訟法
第197条1項 捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。

4. 最高裁決定

(上告趣意に対する判断)
 弁護人高橋正俊の上告趣意第1は、本件大麻樹脂の取引は麻薬取締官やその意を受けた捜査協力者から被告人に対し執ように働き掛けてきたもので、被告人は大麻樹脂の取引にかかわりたくないと考えていたものの、捜査協力者から大麻樹脂が用意できなければ自分の立場が危ないと懇請され、同人の頼みを断り切れずに大麻樹脂を調達したものであって、かかるおとり捜査は憲法13条及び31条に違反する旨主張するが、原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするものであるから、所論は前提を欠き、その余の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。

(職権判断)
 なお、所論にかんがみ、本件おとり捜査の適否について職権で判断する
  原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば、本件の捜査経過は、次のとおりである。
 (1) 被告人は、我が国であへんの営利目的輸入や大麻の営利目的所持等の罪により懲役6年等に処せられた前科のあるイラン・イスラム共和国人で、上記刑につき大阪刑務所で服役後、退去強制手続によりイランに帰国し、平成11年12月30日偽造パスポートを用いて我が国に不法入国した。

 (2) 上記捜査協力者(以下、単に「捜査協力者」という。)は、大阪刑務所で服役中に被告人と知り合った者であるが、自分の弟が被告人の依頼に基づき大麻樹脂を運搬したことによりタイ国内で検挙されて服役するところとなったことから、被告人に恨みを抱くようになり、平成11年中に2回にわたり、近畿地区麻薬取締官事務所に対し、被告人が日本に薬物を持ち込んだ際は逮捕するよう求めた。

 (3) 被告人は、平成12年2月26日ころ、捜査協力者に対し、大麻樹脂の買手を紹介してくれるよう電話で依頼したところ、捜査協力者は、大阪であれば紹介できると答えた。被告人の上記電話があるまで、捜査協力者から被告人に対しては、大麻樹脂の取引に関する働き掛けはなかった。捜査協力者は、同月28日、近畿地区麻薬取締官事務所に対し、上記電話の内容を連絡した。同事務所では、捜査協力者の情報によっても、被告人の住居や立ち回り先、大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず、他の捜査手法によって証拠を収集し、被告人を検挙することが困難であったことから、おとり捜査を行うことを決めた。同月29日、同事務所の麻薬取締官捜査協力者とで打合せを行い、翌3月1日にA駅付近のホテルで捜査協力者被告人に対し麻薬取締官を買手として紹介することを決め、同ホテルの一室を予約し、捜査協力者から被告人に対し同ホテルに来て買手に会うよう連絡した。

 (4) 同年3月1日、麻薬取締官は、上記ホテルの一室で捜査協力者から紹介された被告人に対し、何が売買できるかを尋ねたところ、被告人は、今日は持参していないが、東京に来れば大麻樹脂を売ることができると答えた。麻薬取締官は、自分が東京に出向くことは断り、被告人の方で大阪に持って来れば大麻樹脂2kg買い受ける意向を示した。そこで、被告人がいったん東京に戻って翌日に大麻樹脂を上記室内に持参し、改めて取引を行うことになった。その際、麻薬取締官は、東京・大阪間の交通費の負担を申し出たが、被告人は、ビジネスであるから自分の負担で東京から持参すると答えた。

 (5) 同月2日、被告人は、東京から大麻樹脂約2㎏を運び役に持たせて上記室内にこれを運び入れたところ、あらかじめ捜索差押許可状の発付を受けていた麻薬取締官の捜索を受け、現行犯逮捕された。

  以上の事実関係によれば、本件において、いわゆるおとり捜査の手法が採られたことが明らかである。おとり捜査は、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが、【要旨1】少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。

 【要旨2】これを本件についてみると、上記のとおり、麻薬取締官において、捜査協力者からの情報によっても、被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず、他の捜査手法によって証拠を収集し被告人検挙すること困難な状況にあり、一方、被告人既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから麻薬取締官が、取引の場所を準備し、被告人に対し大麻樹脂2㎏を買い受ける意向を示し、被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても、おとり捜査として適法というべきである。したがって、本件の捜査を通じて収集された大麻樹脂を始めとする各証拠の証拠能力を肯定した原判断は、正当として是認できる。

 よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

5. ポイントとなる事項

ここがポイント

直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容される


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  • この記事を書いた人

徳山 紗里

弁護士。京都女子大学法学部の卒業生で初の司法試験合格。 幅広い分野で弁護士の活動をしております。 詳細は私個人のホームページを参照ください。

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