行政法

【重要判例】教職員国旗国歌訴訟

1. 事件の概要

学校教育法及び学校教育法施行規則の規定に基づく高等学校学習指導要領において「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、
国歌を斉唱するよう指導するものとする。」
と定められており、東京都教育委員会の教育長は、都立学校の各校長宛てに入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施についての通達を行った。

それを受けて、各学校長卒業式や入学式等の式典に際し、その都度、多数の教職員に対し、国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨職務命令を発し、相当数の音楽科担当の教職員に対し、国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを命ずる旨職務命令を発した。

都教委は都立学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令に従わず、国歌斉唱の際に起立しなかった教職員及びピアノ伴奏をしなかった教職らに戒告処分等の懲戒処分を実施した。

2. 争点/論点

・本件における通達および職務命令は違法なものであるのか。(起立斉唱およびピアノ伴奏を実施する義務があるのか)

東京都教育委員会が行った懲戒処分の差止めをすることが出来るのか。

3. 条文

条文

行政事件訴訟法
(抗告訴訟)
第3条 この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。

2項 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。

3項 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求その他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決、決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。

4項 この法律において「無効等確認の訴え」とは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいう。

5項 この法律において「不作為の違法確認の訴え」とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。

6項 この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。

1号 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。

2号 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。

7項 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。

憲法
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

4. 最高裁判決

第1 本件の事実関係等の概要
本件は、東京都立の高等学校又は特別支援学校(平成19年3月以前は盲学校、ろう学校又は養護学校。以下、東京都立の高等学校を含むこれらの学校を併せて「都立学校」という。)の教職員として勤務する在職者(音楽科担当の教職員を含む。)及び勤務していた退職者である上告人らのうち、在職者である上告人らが、平成16年法律第84号(以下「改正法」という。)による改正前の行政事件訴訟法(以下「旧行訴法」という。)の下で被上告人東京都教育委員会(以下、被上告人としては「被上告人都教委」といい、処分行政庁としては「都教委」という。)を相手とし、上記改正後の行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の下で被上告人東京都を相手として、それぞれ、

① 各所属校の卒業式や入学式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピアノ伴奏をする義務のないことの確認を求め
② 上記国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止めを求める

とともに、上告人ら全員が、被上告人東京都を相手として、上記の起立斉唱及びピアノ伴奏に関する都教委の通達及び各所属校の校長の職務命令は違憲、違法であって上記通達及び職務命令等により精神的損害を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の損害賠償を求める(以下、この請求を「本件賠償請求」という。)事案である。

上記①の確認の訴え及び上記②の差止めの訴えに関しては、上記職務命令に基づく上記義務の不存在の確認を求める趣旨の訴え及び上記職務命令に従わないことを理由とする懲戒処分の差止めを求める趣旨の訴えとして第1審が各請求を認容した部分が、控訴の対象とされ、原審の訴え却下の判断及び上告を経て、当審の審理の対象とされている。以下、上記①の確認の訴えのうち当審の審理の対象である前者の趣旨の訴えを「本件確認の訴え」といい、上記の②の差止めの訴えのうち当審の審理の対象である後者の趣旨の訴えを「本件差止めの訴え」という。

原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下同じ。)は、第4章第2C(1)において、「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について、「学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わい、新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定め、同章第3の3において、「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」について、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めており、現行の学校教育法52条及び学校教育法施行規則84条の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成21年文部科学省告示第34号)も、第5章において同様の内容を定めている。

また、学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第46号による改正前のもの)は、第4章において、「特別活動の目標、内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては、高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めており、現行の学校教育法77条及び学校教育法施行規則129条の規定に基づく特別支援学校高等部学習指導要領(平成21年文部科学省告示第37号)も、第5章において同様の内容を定めている(以下、上記改正の前後を通じて高等学校学習指導要領を含むこれらの学習指導要領を併せて「学習指導要領」という。)。

(2) 都教委の教育長は、平成15年10月23日付けで、都立学校の各校長宛てに、「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。

その内容は、上記各校長に対し、
① 学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること、
② 入学式、卒業式等の実施に当たっては、式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し、教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し、その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど、所定の実施指針のとおり行うものとすること、
③教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること

等を通達するものであった。

(3)ア 都立学校の各校長は、本件通達を踏まえ、その発出後に行われた平成16年3月以降の卒業式や入学式等の式典に際し、その都度、多数の教職員に対し、国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の職務命令を発し、相当数の音楽科担当の教職員に対し、国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを命ずる旨の職務命令を発した(以下、将来発せられるものを含め、このような職務命令を併せて「本件職務命令」という。)。

都教委は、平成16年3月の都立学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員及びピアノ伴奏をしなかった教職員合計173名に対し、同月30日、同月31日及び同年5月25日、職務命令違反等を理由に戒告処分をした。また、都教委は、同年3月の都立学校並びに東京都の市立中学校及び市立小学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令又はこれと同様の職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員合計20名に対し、同年4月6日、職務命令違反等を理由に、19名につき戒告処分をし、過去に戒告処分1回の処分歴のあった1名につき給与1月の10分の1を減ずる減給処分をした。

都教委は、上記イを始めとして、本件通達の発出後、都立学校の卒業式や入学式等の式典において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しないなどの職務命令違反をした多数の教職員に対し、懲戒処分をした。その懲戒処分は、過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず再び同様の非違行為を行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い、おおむね、1回目は戒告、2回目及び3回目は減給、4回目以降は停職となっており、過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが、免職処分はされていない。

(4) 上告人らのうち、別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは、都立学校の教職員として勤務する在職者で、そのうち同目録2記載の上告人らは音楽科担当の教職員であり、また、同目録3及び4記載の上告人らは、都立学校の教職員として勤務していた退職者(市教育委員会に異動し又は再雇用された者を含む。)である。

原審は、被上告人らに対する本件確認の訴えはいずれも無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないものをいう。以下同じ。)であり、被上告人らに対する本件差止めの訴えはいずれも法定抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されているものをいう。以下同じ。)としての差止めの訴えである(被上告人都教委に対する本件差止めの訴えも、改正法の施行に伴い、行訴法上の差止めの訴えに転化している。)とした上で、本件通達が、本件職務命令と不可分一体の関係にあり、本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効果を生じさせるもので、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとし、本件通達の取消訴訟又は無効確認訴訟(以下「取消訴訟等」という。)を提起してその執行停止の申立てをすれば、本件通達と不可分一体の関係にある本件職務命令に基づき起立斉唱又はピアノ伴奏をすべき公的義務(公務員の職務に係る義務をいう。以下同じ。)を課されることも当該義務の違反を理由に懲戒処分を受けることも直截に防止できるから、本件確認の訴え及び本件差止めの訴えいずれも上告人らの主張する損害を避けるため他に適当な方法がないとはいえないなど不適法であるとしてこれらを却下し、また、本件職務命令と不可分一体の関係にある本件通達が違憲、違法であるとはいえないなどとして、本件賠償請求をいずれも棄却すべきものとした

第2 上告代理人尾山宏ほかの各上告理由について
上告理由のうち憲法19条違反をいう部分について
原審の適法に確定した事実関係等の下において、都立学校の校長が教職員に対し発する本件職務命令憲法19条に違反するものではなく、また、前記第1の2(2)のとおり都教委が都立学校の各校長に対し本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達する本件通達も、教職員との関係で同条違反の問題を生ずるものではないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁、最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁、最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁、最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(起立斉唱行為に係る職務命令につき、最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁、最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁、最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁、最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照。伴奏行為に係る職務命令につき、最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁参照)。所論の点に関する原審の判断は、是認することができる。論旨は採用することができない

要約

本件通達および本件職務命令は憲法19条に違反するものではない。

その余の上告理由について
論旨は、違憲をいうが、その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって、民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

第3 上告代理人尾山宏ほかの上告受理申立て理由第2部第1章について
(1) 本件確認の訴えのうち、被上告人都教委に対する訴えは無名抗告訴訟として提起されており、他方、被上告人東京都に対する訴えについては、別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは、第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ、仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者とみるべきである旨主張する。また、本件差止めの訴えのうち、被上告人東京都に対する訴えは、当初から行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えとして提起されており、旧行訴法の下で提起された被上告人都教委に対する訴えも、改正法の施行に伴い、改正法附則2条、3条により、被上告人都教委を相手方当事者としたまま行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えに転化したものと解される。

上記各訴えは、前記第1の1の当該各請求の内容等に照らすと、それぞれ、本件通達を踏まえて発せられる本件職務命令に従わないことによる懲戒処分等の不利益の予防を目的とするものであり、これを目的として、本件確認の訴えは本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求め、本件差止めの訴えは本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであると解されるところ、このような目的に沿った争訟方法としてどのような訴訟類型が適切かを検討する前提として、まず、本件通達の行政処分性の有無についてみることとする。

(2) 本件通達は、前記第1の2(2)の内容等から明らかなとおり、地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条5号所定の学校の教育課程、学習指導等に関する管理及び執行の権限に基づき、学習指導要領を踏まえ、上級行政機関である都教委が関係下級行政機関である都立学校の各校長名宛人としてその職務権限の行使を指揮するために発出したものであって、個々の教職員を名宛人とするものではなく、本件職務命令の発出を待たずに当該通達自体によって個々の教職員に具体的な義務を課すものではない

また、本件通達には、前記第1の2(2)のとおり、各校長に対し、本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項を示すとともに、教職員がこれに従わない場合は服務上の責任を問われることの周知を命ずる旨の文言があり、これらは国歌斉唱の際の起立斉唱又はピアノ伴奏の実施が必要に応じて職務命令により確保されるべきことを前提とする趣旨と解されるものの、本件職務命令の発出を命ずる旨及びその範囲等を示す文言は含まれておらず、具体的にどの範囲の教職員に対し本件職務命令を発するか等については個々の式典及び教職員ごとの個別的な事情に応じて各校長の裁量に委ねられているものと解される。そして、本件通達では、上記のとおり、本件職務命令の違反について教職員の責任を問う方法も、懲戒処分に限定されておらず、訓告や注意等も含み得る表現が採られており、具体的にどのような問責の方法を採るかは個々の教職員ごとの個別的な事情に応じて都教委の裁量によることが前提とされているものと解される。原審の指摘する都教委の校長連絡会等を通じての各校長への指導の内容等を勘案しても、本件通達それ自体の文言や性質等に則したこれらの裁量の存在が否定されるものとは解されない。したがって、本件通達をもって、本件職務命令と不可分一体のものとしてこれと同視することはできず、本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効果を生じさせるものとみることもできない

そうすると、個々の教職員との関係では、本件通達を踏まえた校長の裁量により本件職務命令が発せられ、さらに、その違反に対して都教委の裁量により懲戒処分がされた場合に、その時点で初めて教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼす行政処分がされるに至るものというべきであって、本件通達は、行政組織の内部における上級行政機関である都教委から関係下級行政機関である都立学校の各校長に対する示達ないし命令にとどまり、それ自体によって教職員個人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないから、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第87号同43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3147頁参照)。

また、本件職務命令も、教科とともに教育課程を構成する特別活動である都立学校の儀式的行事における教育公務員としての職務の遂行の在り方に関する校長の上司としての職務上の指示を内容とするものであって教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものではないから抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解される。なお、本件職務命令の違反を理由に懲戒処分を受ける教職員としては、懲戒処分の取消訴訟等において本件通達を踏まえた本件職務命令の適法性を争い得るほか、後述のように本件に係る事情の下では事前救済の争訟方法においてもこれを争い得るのであり、本件通達及び本件職務命令の行政処分性の有無について上記のように解することについて争訟方法の観点から権利利益の救済の実効性に欠けるところがあるとはいえない。

要約

本件通達と本件職務命令は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない。

(反論として職務命令違反を理由に懲戒処分を受けた教職員が、職務命令の適法性を争えないとの主張があるかもしれないが、)本件職務命令違反を理由に懲戒処分を受ける教職員は、懲戒処分の取消訴訟や事前救済の訴訟において、本件職務命令の適法性を争うことが出来る。
⇒本件通達と本件職務命令を抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないと解しても、懲戒処分を受けた教職員は権利救済される道が残されてる。

(1) 以上を前提に、まず、法定抗告訴訟たる差止めの訴えとしての被上告人らに対する本件差止めの訴えの適法性について検討する。

法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については、まず、一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項)、すなわち、行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが、救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる。

本件差止めの訴えに係る請求は、本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであり、具体的には、免職、停職、減給又は戒告の各処分の差止めを求める請求を内容とするものである。そして、本件では、第1の2(3)ウのとおり、本件通達の発出後、都立学校の教職員が本件職務命令に違反した場合の都教委の懲戒処分の内容は、おおむね、1回目は戒告、2回目及び3回目は減給、4回目以降は停職となっており、過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが、免職処分はされていないというのであり、従来の処分の程度を超えて更に重い処分量定がされる可能性をうかがわせる事情は存しない以上、都立学校の教職員について本件通達を踏まえた本件職務命令の違反に対しては、免職処分以外の懲戒処分(停職、減給又は戒告の各処分)がされる蓋然性があると認められる一方で、免職処分がされる蓋然性があるとは認められない。そうすると、本件差止めの訴えのうち免職処分の差止めを求める訴えは、当該処分がされる蓋然性を欠き、不適法というべきである。

そこで、本件差止めの訴えのうち、免職処分以外の懲戒処分(停職、減給又は戒告の各処分)の差止めを求める訴えの適法性について検討するに、差止めの訴えの訴訟要件については、当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があることが必要であり(行訴法37条の4第1項)その有無の判断に当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)

行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは、国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から、そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される。したがって、差止めの訴えの訴訟要件としての上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である。

本件においては、前記第1の2(3)のとおり、本件通達を踏まえ、毎年度2回以上、都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し、多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられ、その違反に対する懲戒処分が累積し加重され、おおむね4回で(他の懲戒処分歴があれば3回以内に)停職処分に至るものとされている。このように本件通達を踏まえて懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現に存在する状況の下では、事案の性質等のために取消訴訟等の判決確定に至るまでに相応の期間を要している間に、毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると、本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ、その回復の困難の程度等に鑑み、本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるというべきである。

また、差止めの訴えの訴訟要件については、「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」ではないこと、すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。原審は、本件通達が行政処分に当たるとした上で、その取消訴訟等及び執行停止との関係で補充性の要件を欠くとして、本件差止めの訴えをいずれも却下したが、本件通達及び本件職務命令は前記1(2)のとおり行政処分に当たらないから、取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり、また、上記イにおいて説示したところによれば、本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか、懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから、本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは、補充性の要件を満たすものということができる。

なお、在職中の教職員である前記1(1)の上告人らが懲戒処分の差止めを求める訴えである以上、上記上告人らにその差止めを求める法律上の利益(行訴法37条の4第3項)が認められることは明らかである。

以上によれば、被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは、いずれも適法というべきである。

(2) そこで、被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えに係る請求(以下「当該差止請求」という。)の当否について検討する。

差止めの訴えの本案要件(本案の判断において請求が認容されるための要件をいう。以下同じ。)については、行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)、当該差止請求においては、本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の可否の前提として、本件職務命令に基づく公的義務の存否が問題となる。この点に関しては、前記第2において説示したところによれば、本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから、当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。なお、本件職務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は、上告受理の決定において排除された。

また、差止めの訴えの本案要件について、裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)、これは、個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることをいうものと解される。

これを本件についてみるに、まず、本件職務命令の違反を理由とする戒告処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となるとは解し難いことは、当小法廷が平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日判決・裁判所時報1547号10頁において既に判示したところであり、当該差止請求のうち戒告処分の差止めを求める請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。また、本件職務命令の違反を理由とする減給処分又は停職処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となるか否かが、個々の事案ごとの当該各処分の時点における当該教職員に係る個別具体的な事情のいかんによるものであることは、当小法廷が上記平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同日判決及び平成23年(行ツ)第242号、同年(行ヒ)第265号同日判決・裁判所時報1547号3頁において既に判示したところであり、将来の当該各処分がされる時点における個々の上告人に係る個別具体的な事情を踏まえた上でなければ、現時点で直ちにいずれかの処分が裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとなるか否かを判断することはできず、本件においては個々の上告人について現時点でそのような判断を可能とするような個別具体的な事情の特定及び主張立証はされていないから、当該差止請求のうち減給処分及び停職処分の差止めを求める請求も上記の本案要件を満たしているとはいえない

以上のとおり、当該差止請求は、上記ア及びイのいずれの本案要件も満たしておらず、理由がない

(3) したがって、被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち、免職処分の差止めを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができ、また、免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えを不適法として却下した原判決には、この点で法令の解釈適用を誤った違法があり、論旨はその限りにおいて理由があるものの、当該差止請求は理由がなく棄却を免れないものである以上、不利益変更禁止(行訴法7条、民訴法313条、304条参照。以下同じ。)の原則により、上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく、原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。

(1) 次に、無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えの適法性について検討する。
無名抗告訴訟は行政処分に関する不服を内容とする訴訟であって、前記1(2)のとおり本件通達及び本件職務命令のいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない以上、無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えは、将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものと解するのが相当であり、実質的には、本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令に基づく公的義務の存否に係る確認の訴えの形式に引き直したものということができる。抗告訴訟については、行訴法において、法定抗告訴訟の諸類型が定められ、改正法により、従来は個別の訴訟類型として法定されていなかった義務付けの訴えと差止めの訴えが法定抗告訴訟の新たな類型として創設され、将来の不利益処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として法定された差止めの訴えについて「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」ではないこと、すなわち補充性の要件が訴訟要件として定められていること(37条の4第1項ただし書)等に鑑みると、職務命令の違反を理由とする不利益処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としての当該職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める訴えについても、上記と同様に補充性の要件を満たすことが必要となり、特に法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を満たすか否かが問題となるものと解するのが相当である。

本件においては、前記2のとおり、法定抗告訴訟として本件職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを適法に提起することができ、その本案において本件職務命令に基づく公的義務の存否が判断の対象となる以上、本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは、上記懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としては、法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を欠き、他に適当な争訟方法があるものとして、不適法というべきである

(2) 被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関し、前記1(1)の上告人らは、前記1(1)のとおり、第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ、仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者とみるべきである旨主張するので、さらに、公法上の当事者訴訟としての上記訴えの適法性について検討する(なお、被上告人都教委に対する本件確認の訴えについては、被告適格の点で、適法な公法上の当事者訴訟として構成する余地はない。)。

上記(1)のとおり、被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関しては、行政処分に関する不服を内容とする訴訟として構成する場合には、将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものであるが、本件通達を踏まえた本件職務命令に基づく公的義務の存在は、その違反が懲戒処分の処分事由との評価を受けることに伴い、勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生する危険の観点からも、都立学校の教職員の法的地位に現実の危険を及ぼし得るものといえるので、このような行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴訟として構成する場合には、公法上の当事者訴訟の一類型である公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として位置付けることができると解される。前記1(2)のとおり本件職務命令自体は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない以上、本件確認の訴えを行政処分たる行政庁の命令に基づく義務の不存在の確認を求める無名抗告訴訟とみることもできないから、被上告人東京都に対する本件確認の訴えを無名抗告訴訟としか構成し得ないものということはできない。

そして、本件では、前記第1の2(3)のとおり、本件通達を踏まえ、毎年度2回以上、都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し、多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられており、これに基づく公的義務の存在は、その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い、勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生し拡大する危険の観点からも、都立学校の教職員として在職中の上記上告人らの法的地位に現実の危険を及ぼすものということができる。このように本件通達を踏まえて処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険が現に存在する状況の下では、毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大していくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると、本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは、行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとしては、その目的に即した有効適切な争訟方法であるということができ、確認の利益を肯定することができるものというべきである。したがって、被上告人東京都に対する本件確認の訴えは、上記の趣旨における公法上の当事者訴訟としては、適法というべきである。

(3) そこで、公法上の当事者訴訟としての被上告人東京都に対する本件確認の訴えに係る請求の当否について検討するに、その確認請求の対象は本件職務命令に基づく公的義務の存否であるところ、前記第2において説示したところによれば、本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから、上記訴えに係る請求は理由がない。なお、前記2(2)アのとおり、本件職務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は、上告受理の決定において排除された。

(4) したがって、被上告人都教委に対する本件確認の訴えを却下した原審の判断は、結論において是認することができ、また、被上告人東京都に対する本件確認の訴えを不適法として却下した原判決には、この点で法令の解釈適用を誤った違法があり、論旨はその限りにおいて理由があるものの、上記訴えに係る請求は理由がなく棄却を免れないものである以上、不利益変更禁止の原則により、上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく、原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない

第4 結論
以上の次第で、被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分の差止めを求める訴え及び被上告人都教委に対する本件確認の訴えを却下した原審の判断は、結論において是認することができ、被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴え及び被上告人東京都に対する本件確認の訴えを却下した原判決の違法は、不利益変更禁止の原則により結論に影響を及ぼすものではなく、本件賠償請求を棄却した原審の判断は、是認することができるから、本件上告を棄却することとする。なお、本件賠償請求に関しては、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除された。

よって、裁判官宮川光治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官櫻井龍子、同金築誠志、同横田尤孝の各補足意見がある。

補足意見

■裁判官櫻井龍子の補足意見は、次のとおりである。
本件は、上告人らの訴えが訴訟法上適法であるか否かが争点となっているため、多数意見の大半の部分はそれに答えるものとなっており、上告人らの請求の当否の判断に当たっては、多数意見は、卒業式等における起立斉唱又はピアノ伴奏に係る職務命令の合憲性、職務命令違反者に対する懲戒処分の適法性に係るこれまでの当審の判決を前提に判断したものであるので、改めてその要旨を述べ、本判決に至る道筋を示しておきたい。

本件通達・職務命令の内容、発出の経緯、教職員の職務命令違反の状況、それに対する懲戒処分の状況は、本判決中第1の2に説示するところである。それとほぼ同じ事実関係を踏まえた上で、起立斉唱に係る職務命令の合憲性については、本判決の多数意見が引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決等において、学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は、一般的、客観的に見て、これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり、かつ、そのような所作として外部からも認識されるものというべきであること等に鑑み、当該職務命令は、個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないが、起立斉唱行為は、上告人らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むこと等に鑑み、当該職務命令は、それが結果として上記の要素との関係において歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で、その限りで上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができるとしつつ、そのような間接的な制約となる面はあるものの、職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量すれば、上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきであるとして、起立斉唱に係る職務命令が憲法19条に違反するものとはいえないとの判断が示されており、多数意見が引用する最高裁平成19年2月27日第三小法廷判決においても、ピアノ伴奏に係る職務命令について同旨の結論を採る判断が示されている。また、これらによれば本件通達も教職員との関係で同条違反の問題を生ずるものではないことも、多数意見の述べるとおりである。

さらに、そのような職務命令に違反し、学校が行う卒業式や入学式の式典において起立斉唱しなかった教職員、ピアノ伴奏をしなかった教員に対して行われた懲戒処分の適法性については、本判決の多数意見が引用する最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決において、当該職務命令は、憲法19条に違反するものではなく、学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義、在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って、地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ、生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序の維持とともに式典の円滑な進行を図るものであって、このような観点から、その遵守を確保する必要性があるものということができるとした上で、その職務命令に違反する不起立行為や伴奏拒否行為(以下「不起立行為等」という。)に対して懲戒処分の中でも最も軽い戒告処分を課すことは、法律上は直接的な職務上ないし給与上の不利益を伴う処分ではないことなどから、不起立行為等の性質、態様等の諸事情を踏まえた相当性の観点からも、懲戒権者の裁量権の範囲内に属すると判断できるとする一方で、それを超えて減給処分や停職処分を加重的に課すことについては、過去の処分歴に係る非違行為の内容や頻度等の具体的事情がそのような重い懲戒処分を課す必要性を十分に基礎付けるものである場合などにはじめて裁量の範囲内と判断できる旨判示されている。そして、上記各判決は、不起立行為等に類似する行為による処分歴が1回あったのみの教職員に課された減給処分、不起立行為による処分歴が3回あったのみの教職員に課された停職処分をいずれも取り消すべきものとした。私は、上記各判決の補足意見において、2回目以降の不起立行為等について、都教委ではこのように一律に機械的に減給処分、停職処分が短時日のうちに加重的に課されている事実を踏まえ、このような加重処分の量定は、行為と不利益との権衡を欠き、社会観念上妥当なものとはいえないこと、職務命令が教職員個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることに鑑みるとそのような加重処分は問題が大きく、法が予定する裁量権の範囲とは到底いえない旨を述べたところである。

本件において、上告人らは、起立斉唱行為又はピアノ伴奏をする義務がないことの確認、起立斉唱行為又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止めを求めたものであり、その訴訟類型等の訴訟法上の問題は後記3に譲るとして、それらの請求の当否の判断については、以上見てきたとおり、多数意見は、本件においてもこれまでの当審の判示に従い判断したものである。

すなわち、起立斉唱行為又はピアノ伴奏をする義務については、前記1のとおり最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決等及び最高裁平成19年2月27日第三小法廷判決によれば本件通達・職務命令が憲法に反するとはいえない以上、教職員にその職務命令に従う義務がないとはいえないとした。

また、懲戒処分の差止めについては、上記最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決の結論を踏まえ、戒告処分については裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとは認められないから差止請求は理由がないが、減給処分と停職処分については、前記1の判示のように個別の処分が裁量権の範囲であるか否かは、個々の事案ごとに各個人に他に減給処分や停職処分を相当とする非違行為等があったか否か等の事情を考慮して判断しなければならないものであるところ、本件では、そのような個別具体的な事情の特定及び主張立証がないため判断ができないことにより、結論としては棄却せざるを得ないとしたものである。

次に、本件は当初4つの事件として提訴され、後に併合されたものであるが、それらの提訴の時期は、行政事件訴訟法が平成16年に改正され、翌17年4月に施行される時期の前後に及んでいる。そのためもあって、訴訟類型の判断や訴えの適法性について、改正法の趣旨を十分に踏まえた慎重な判断を要する事案であるといえる。

平成16年の行政事件訴訟法の改正は、大きく言えば21世紀の我が国の在り方に関わるものであり、行政に対する司法のチェック機能を強化し、国民の権利を実効的に保障する観点から司法制度改革の一環として行われたものである。そのため、その中核に、行政訴訟の訴訟類型の多様化が置かれ、具体的には、義務付けの訴え及び差止めの訴えの法定化、当事者訴訟としての公法上の法律関係に関する確認の訴えの明示化などが行われたものである。

改正前の行政訴訟では取消訴訟が中心であって、義務付け訴訟や差止訴訟は無名抗告訴訟として位置付けられるものであったが、この改正によりそれぞれ別個に条文が設けられ、訴訟要件等が明確に規定された意義は大きい。とりわけ両訴訟とも行政処分を事後的に争うものではなく、事前に救済を求める性格のものであるから、まさに行政に対する司法のチェック機能を強化し、権利救済の実効性を高めることが期待できるものといえる。また、当事者訴訟に公法上の法律関係に関する確認の訴えが含まれることが確認的に明示されたことは、私人と国や地方自治体との間の様々な法律的な紛争について、確認訴訟を行うことによって紛争を抜本的に解決できる場合に活用されるように特に明示されたものとされているものであるから、やはり一般国民に対し種々の行政活動に関する司法的救済の有効活用を促すものといえる。

本件について、差止訴訟と当事者訴訟としてそれぞれが訴訟要件を満たし、訴えとしては適法であるとした理由は、既に本件の多数意見において詳細に述べるところであるので、繰り返しは避けるが、以上のような行政事件訴訟法の改正の趣旨を十分念頭に置き、従来の訴訟法理論、判例理論を踏まえつつも柔軟な解釈に努め、個人の権利救済の実効性を高めることに重点を置いた判断を行ったことを付言しておきたい。

とりわけ、差止めの訴えの適法性を判断するに際し、懲戒処分の有効性を争う場合には、事後的に当該処分の取消訴訟をもって行うのが通常の形であり、それで足りるのが通例と思われるにもかかわらず、本件の場合に、事前差止めの対象となり得ることを肯定した点は補足が必要であろう。

改正法により新設された行訴法37条の4は、差止めの訴えの訴訟要件について、「重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる」とし、重大な損害が生ずるか否かの判断に当たっては「損害の回復の困難の程度を考慮する」としている(同条1項、2項)。本件の懲戒処分は、不起立行為等を行った者に対し、1回目は戒告処分にとどまるものの、2回目から加重処分を行うこととし、2回目は減給1か月、3回目は減給6か月、4回目以降は停職とする方針が採られていることがうかがわれる。このような一律の機械的な処分の加重による減給処分や停職処分の給与上の不利益や職務上の不利益は大きく、しかも毎年必ず2回は行われる卒業式と入学式の式典において、職務命令違反として不起立行為等を行う場合には、2年もすると減給2回(合計7か月)、停職1回ということになって累積する給与上の不利益や職務上の不利益は多大なものとなり、事後的な処分取消訴訟ではとても対応しきれない程度に達するものといえ、まさに回復が著しく困難な程度に至るといわざるを得ないものである。単なる不起立行為等に対するこのような反復継続的かつ累積加重的な懲戒処分の課し方は、これまでの他の地方自治体や他の職務命令違反等の場合には例を見ないものであり、その点で極めて特殊な例であるといってよい。多数意見は、このような本件の特殊性を踏まえ、事前の差止訴訟としての訴訟要件を満たすものと判断したものである。

したがって、今後、本件事案に関係する職場や類似する事案等において、2回目以降の不起立行為等について減給処分や停職処分が行われる蓋然性が認められる場合に、その差止めを求める訴えは、訴訟要件としては適法な訴えであるということができる。ただ、その場合における本案要件については、提訴者の側において、例えば、現に職務命令が発せられその違反としての不起立行為等を行ったなどの具体的な状況・時点を特定した上で当該違反行為の態様等や過去の処分歴(非違行為)の有無、回数、内容等の個別的な事情を個々の事案に即して主張立証しなければならないことはいうまでもない。

なお、本件では、都教委において、減給処分と停職処分が現に課されており、今後も課される蓋然性があることが認められるが、免職処分については行われた事例が認められず、また免職処分が行われる蓋然性を示す客観的事情も認められないため、免職処分の差止めを求める訴えは処分がされる蓋然性があるとは認められないとして却下すべきものと判断したものである。換言すれば、仮に免職処分も加重的に課される蓋然性が何らかの根拠により認められる事案であれば、その差止めを求める訴えが適法となり、さらには裁量権の範囲を超えるものとして本案要件を満たすものと判断される可能性を否定するものではない。

前掲最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決における私の補足意見においても補足的に述べたところであるが、教育の現場でこのような職務命令違反行為と懲戒処分がいたずらに繰り返されることは決して望ましいことではない。教育行政の責任者として、現場の教育担当者として、それぞれがこの問題に真摯に向かい合い、何が子供たちの教育にとって、また子供たちの将来にとって必要かつ適切なことかという視点に立ち、現実に即した解決策を追求していく柔軟かつ建設的な対応が期待されるところである。

■裁判官金築誠志の補足意見は、次のとおりである。
本件職務命令が憲法19条に違反しないとする多数意見に賛成する立場からこれに付加する私の意見は、多数意見の引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決において私の補足意見として述べたとおりである。

■裁判官横田尤孝の補足意見は、次のとおりである。
国旗及び国歌をめぐる一連の事件についての当小法廷のこれまでの判断を踏まえ、この際、私の考えの一端を述べておきたい。

私は、本件差止めの訴えのうち、免職処分以外の懲戒処分(停職、減給又は戒告の処分)の差止めを求める訴えは適法であり、被上告人東京都に対する本件確認の訴えも公法上の当事者訴訟として適法ではあるが、都立学校の校長が教職員に対し発する本件職務命令は憲法19条に違反せず、本件通達も教職員との関係で同条違反の問題を生ずるものではないから、上告人らには本件職務命令に基づく公的義務が存在しないとはいえず、上記確認請求は理由がなく、上記差止請求も本案要件を満たしているとはいえないとする多数意見に賛同するものである。

高等学校学習指導要領等の学習指導要領は、「特別活動」である「学校行事」としての「儀式的行事」を「教科」とともに教育課程を構成するものと捉えている。儀式的行事のうち、取り分け入学式や卒業式は、教育課程の区切りとしてのみならず、生徒それぞれにとって人生の節目となるものであるから、それが感銘深いものとなるよう、一定の秩序の下で円滑に挙行されるべきであることはもとより、このような式典における一般的な式次第やその参列者の挙措、立ち居振る舞いはいかなるもので、またいかにあるべきかは、いずれ社会人となる生徒らが身に付けておくべきマナー、常識の一つであるから、それについて自ら垂範することによって生徒らを指導することも教員の重要な職務というべきであり、これが「教科」には当たらないことのゆえをもって等閑に付するのは相当でない。本件職務命令は、このように学校行事としての儀式もまた教育活動であることに鑑みて発せられるものと解されるのであり、そうであるからこそ、本件職務命令に反する行動をとった場合に、それに対する一定の処分がなされることはやむを得ないことといわなければならない。

とはいえ、国歌斉唱時の不起立やピアノ伴奏拒否は、当該行為者の歴史観ないし世界観等に由来するものであること、これらの行為は比較的短時間の不作為にとどまること、入学式等の儀式的式典は毎年度2回以上行われ、その都度発せられる起立命令等の職務命令に違反した者については短期間のうちに懲戒処分が累積して加重され、違反行為とそれに対する懲戒処分の均衡を失することになりかねないことなどに鑑みると、懲戒権の行使の在り方については謙抑性と慎重さが求められるといわなければならない。この点、最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決、最高裁平成23年(行ツ)第242号、同年(行ヒ)第265号同日同小法廷判決における櫻井裁判官の各補足意見に共感するものである。

懲戒処分の適法性に関する司法審査の判断基準については、上記最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決が引用する最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁等が判示しているところであり、基本的には個別事案における諸般の事情を総合考慮して判断されるべき事柄ではあるが、上記のようなこの種の事案の性格等に照らすと、国歌斉唱時の不起立等の違反行為については、例えば戒告を数回行ってもなお同種違反行為が繰り返されたときには、減給処分に付することもやむを得ない措置として容認されようが、式典の円滑な進行を妨げるなど式典の秩序や教育目的を阻害する行為に出ることなく、過去の処分歴を含めて不起立又はピアノ伴奏拒否という不作為のみにとどまる限りは、懲戒処分は基本的には減給までにとどめるのが妥当であると考えられる。減給までにとどめることとしても、懲戒処分が重なれば経済的不利益はもとより処遇等においても相応の不利益が生ずることになるのであり、同種違反行為の反復を理由とする処分の加重としては基本的には十分といえるのではないかと思われる。なお、上記最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決の多数意見において裁量権の範囲内における当不当の問題として言及されているように、1回目の本件職務命令違反については、まず訓告や指導等にとどめることについて検討されることが望ましいといえよう。

この立場からすれば、都教委が、本件通達発出後これまで本件職務命令違反者に対して行ってきた、おおむね違反1回目は戒告、2回目及び3回目は減給、4回目以降は停職という懲戒処分の量定は、免職処分にまでは至らないとはいえ、一般論としては問題があるものと思われる。

思うに、厳粛・整然と行われるべき式典の円滑な進行を阻害し、儀式的行事の教育的意義を損なう違反行為に対してこれを放置することはできないが、違反者に重い処分を課したからといって、事柄の性質上、根本の問題が解決するわけでもない。国旗及び国歌をめぐる職務命令違反行為とそれに対する懲戒処分の応酬という虚しい現実は、本来教育の場にふさわしくない状況であるといわなければならない。関係者は、ともども、こうした現実が多感な生徒に及ぼす影響とこの問題に関する社会通念の在り所について真摯に考究し、適切妥当な解決のための具体的な方策を見いだすよう最大限の努力をすることが望まれる。この稔りなき応酬を終息させることは、関係者全ての責務というべきである。

反対意見

■裁判官宮川光治の反対意見は、次のとおりである。
私は、憲法19条違反をいう上告理由についての多数意見には同意できない。上告受理申立て理由第2部第1章については、多数意見と同じく、本件通達が行政処分に当たるとした原審の判断は相当でなく、被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは抗告訴訟である差止めの訴えとして、また、被上告人東京都に対する本件確認の訴えは当事者訴訟である公法上の法律関係に関する確認の訴えとしてそれぞれ適法であると考える。しかし、いずれの訴えに係る請求も理由がないとする多数意見には同意できない。憲法19条違反についての私の意見は、多数意見が引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決及び最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決における私の反対意見で既に述べており、以下、2において本件の判断に必要な限りでその要旨を述べることとする。そして、3において上記各訴えの適法性について補足的な見解を、4において各請求の当否について反対意見をそれぞれ述べ、5において不起立行為等を理由とした懲戒処分を巡る一連の紛争について若干の所感を付す。

上告人らが有する「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割に関わる歴史観ないし世界観及び教育上の信念は、原審が適法に確定した事実によれば、真摯なものであると認めることができる。そして、そのように真摯なものである場合は、本件職務命令が上告人らに求める「日の丸」に向かって起立し「君が代」を斉唱する行為は、上告人らにとって譲れない一線を越える行動であり、上告人らの思想及び良心の核心を動揺させるとみることができる。さらには、これまで人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者として、その魂というべき教育上の信念を否定することになるとも考えられる。したがって、上告人らが本件職務命令に服することなく起立せず斉唱しないという行為は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるか少なくともこれと密接に関連するものであるとみることができる。

ところで、教育公務員は、一般行政とは異なり、教育の目標(教育基本法2条)を達成するために、教育の専門性を懸けた責任があるとともに、教育の自由が保障されており、教育の目標を考慮すると、教員における精神の自由は、取り分けて尊重されなければならない。したがって、教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するという場合、教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならないが、生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面(特別活動である式典もその一つであるといえる。)においては、自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められることはないというべきである。

なお、国旗及び国歌に関する法律と学習指導要領は教職員に起立斉唱行為等を職務命令として強制することの根拠となるものではない。そもそも、本件職務命令が基づいている本件通達は、式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく、その意図は、前記歴史観等を有する教職員を念頭に置き、その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に、不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができる。

以上のとおりであり、上告人らが本件職務命令に服することなく起立せず斉唱しないという行為は上告人らの精神的自由に関わるものとして、憲法上保護されなければならない。ピアノ伴奏をしないという行為に関しても、同様に考えることができる。したがって、本件職務命令は、上告人らとの関係ではいわゆる厳格な基準による憲法審査の対象となる。その結果、本件職務命令は、上告人らとの関係では憲法19条に違反する可能性がある。そして、その可能性は高度であると認めることができる。

本件通達は、行政組織内部における命令であり、国民の権利義務や法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分であるとはいえない。本件通達に基づき校長が個別に職務命令を発するという行為があり、職務命令が発せられた場合に、都教委はこれに違反した教職員を懲戒処分に付するのであるが、いずれについても裁量が介在し、最終的に発せられた懲戒処分が取消訴訟と執行停止の対象となる行政処分とみるべきものである。仮に、原判決のように「条件付きで行政処分を受ける法的効果を生じさせる」という理由で行政処分性を肯定すると、取消訴訟の対象範囲が行政庁の処分に関する通達や条例などにも拡大する可能性があり、相当でないと思われる。原審の判断は、差止訴訟を法定抗告訴訟とし、確認訴訟を活用する等、行政に対する司法のチェック機能を強化し、権利・自由を実効的に保障しようとした改正法の趣旨にも沿わないであろう。

上告人らは、本件職務命令に基づき、入学式、卒業式等の式典会場において、会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務又は国歌斉唱の際にピアノ伴奏をする義務のないことの確認を求め(本件確認の訴え)、本件職務命令違反を理由とする懲戒処分の事前差止めを求めている(本件差止めの訴え)。後者については、法定抗告訴訟である差止めの訴えと理解できる。その要件である処分がされる蓋然性(行訴法3条7項)は余り重くとらえるべきではないが、原審認定によれば、東京都では免職の事例がないというのであるから、免職に関しては処分の蓋然性があるとはいえないであろう。その余の懲戒処分に関しては蓋然性の要件は充足している。差止めの訴えは、取消訴訟等とその場合の執行停止等では十分な救済が図られない場合があることから法定されたものであり、そのような手段では救済されない損害がなければならない。この補充性(同法37条の4第1項ただし書)は、「重大な損害を生ずるおそれがある」(同項本文)場合であれば、通常、満たしているといえるであろう。本件懲戒処分は、多数意見も指摘するように、反復継続性・累積加重性の点で類例をみない特殊性があり、そうした内容と性質、被る損害の程度及びその回復が困難である程度を考慮すると(同法37条の4第2項)、損害の重大性と補充性の要件はいずれも満たしていると考えることができる。

このように法定抗告訴訟たる差止めの訴えが適法に提起可能である以上、無名抗告訴訟としての本件確認の訴えは、懲戒処分の予防訴訟として、実質的に差止訴訟と同様の機能を果たすものであるから、補充性の要件を欠くこととなり、不適法である。しかし、上告人らは、東京都を被告とする事件については、公法上のいわゆる実質的当事者訴訟(行訴法4条後段)として適法であれば、その訴訟類型を選択して判断すべきであるとしている。確認訴訟を活用するという行訴法改正の趣旨からすれば、実質的当事者訴訟の確認の利益に関しては柔軟に考えていくことが相当であると思われる。多数意見が指摘するとおり、差止訴訟は懲戒処分という不利益処分を事前に防ぐが、勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益を必ずしも予防するわけではなく、処遇上の不利益としては昇給以外にも昇格における不利益が想定される。さらに、退職後の再雇用における不利益等も想定され、そうした不利益を受けるという不安、危険がある(なお、本件職務命令違反を理由とする懲戒処分は差し止められるとしても、本件職務命令自体は存在するのであるから、その遵守に係る行動監視を受けて、違反事実は東京都に報告されるのであり、上告人らの精神的不安状態は払拭されない。)。以上について、上告人らの権利又は法的地位に不安が現に存在するとみて、上告人らの訴えはその除去を包括的に行うことを目的とするものであると考えれば、「公法上の法律関係に関する訴訟」として位置付けることができるであろう。本件では、反復継続性及び不利益取扱いの確実性という類例をみない特殊性があるのであるから、事後的では「回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある」(最高裁昭和41年(行ツ)第35号同47年11月30日第一小法廷判決・民集26巻9号1746頁、最高裁昭和63年(行ツ)第92号平成元年7月4日第三小法廷判決・裁判集民事157号361頁)といえるであろう。そして、本件確認の訴えは、本件紛争解決のために、「有効適切な手段」(最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁)であると思われる。

多数意見は、免職処分以外の懲戒処分の差止請求と公法上の当事者訴訟としての本件確認の訴えが適法であることを認めながら、本件職務命令は違憲無効ではなく、これに基づく公的義務が不存在であるとはいえない等として、いずれの請求も理由がないとしている。

しかし、前記2で述べたとおり、本件職務命令は、上告人らとの関係ではいわゆる厳格な基準による憲法審査の対象となり、その結果、本件職務命令は、上告人らとの関係では憲法19条に違反する可能性がある。その可能性は高度であると認めることができるので、本件職務命令に基づいて起立斉唱又はピアノ伴奏をする公的義務は存在しないというべきである。したがって、本件差止請求は本案要件(行訴法37条の4第5項前段)を満たしているといえる。本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分(戒告、減給又は停職の各処分)は、多数意見が引用する最高裁平成24年1月16日各第一小法廷判決における私の反対意見で述べたとおり、いずれも当然に懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法であるから、憲法判断を留保したとしても、本件差止請求は本案要件(同項後段)を満たしている。したがって、本件職務命令違反を理由とする免職以外の懲戒処分の事前差止めを求める限度において、本件差止請求は認容できる。

公法上の当事者訴訟としての本件確認の訴えについても、本件職務命令は違憲無効である高度の可能性があるのであるから、これに基づいて起立斉唱又はピアノ伴奏をする公的義務は存在しないというべきであり、その確認請求は認容できる。

いわゆる「君が代訴訟」と呼ばれる事件のうち積極的妨害行為を伴わない単なる不起立行為等について、当審の第一小法廷での判決はこれまで本件を含め8件(昨年4件、本年4件)を数えることとなる。うち2件は北九州市の事件であるが、6件は東京都の事件である。同種事件の当審判決のうち、第二小法廷の1件(昨年)は東京都の事件であり、第三小法廷は4件(1件は平成19年のピアノ伴奏事件、3件は昨年)あるところ、1件は広島市の事件であるが、3件は東京都の事件である。その他、下級審に係属している事件の分布をみると、全国的には不起立行為等に対する懲戒処分が行われているのは東京都のほかごく少数の地域にすぎないことがうかがわれる。この事実に、私は、教育の場において教育者の精神の自由を尊重するという、自由な民主主義社会にとっては至極当然のことが維持されているものとして、希望の灯りを見る。そのことは、子供達の自由な精神、博愛の心、多様な創造力を育むことにも繋がるであろう。しかし、一部の地域であっても、本件のような紛争が繰り返されるということは、誠に不幸なことである。こうでなければならない、こうあるべきだという思い込みが、悲惨な事態をもたらすということを、歴史は教えている。国歌を斉唱することは、国を愛することや他国を尊重することには単純には繋がらない。国歌は、一般にそれぞれの国の過去の歴史と深い関わりを有しており、他の国からみるとその評価は様々でもある。また、世界的にみて、入学式や卒業式等の式典において、国歌を斉唱するということが広く行われているとは考え難い。思想の多様性を尊重する精神こそ、民主主義国家の存立の基盤であり、良き国際社会の形成にも貢献するものと考えられる。幸いにして、近年は式典の進行を積極的に妨害するという行為はみられなくなりつつある。

そうした行為は許されるものではないが、自らの真摯な歴史観等に従った不起立行為等は、その行為が式典の円滑な進行を特段妨害することがない以上、少数者の思想の自由に属することとして、許容するという寛容が求められていると思われる。関係する人々に慎重な配慮を心から望みたい。

5. ポイントとなる事項

ここがポイント

・処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によ処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要する。

・公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは、上記職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを法定の類型の抗告訴訟として適法に提起することができ、その本案において当該義務の存否が判断の対象となるという事情の下では、上記懲戒処分の予防を目的とするいわゆる無名抗告訴訟としては、他に適当な争訟方法があるものとして、不適法である。


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  • この記事を書いた人

徳山 紗里

弁護士。京都女子大学法学部の卒業生で初の司法試験合格。 幅広い分野で弁護士の活動をしております。 詳細は私個人のホームページを参照ください。

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