憲法

【重要判例】百里基地訴訟

1. 事件の概要

は、関東地区に航空自衛隊の基地を建設する必要を生じ、茨城県のある土地航空自衛隊の基地を建設する計画を立て、昭和31年5月その用地の取得につき当時の町長らの協力のもとにその準備を始めたところ、地元基地建設の反対運動が起こり、開拓農民や町民の間に反対運動の団体が組織され、リコール運動が展開され、選挙の結果、昭和32年4月基地反対派の指導者であったA2町長に当選した。

基地建設に不可欠な場所に存在している土地を所有していたB1は、当初基地の建設に反対し基地反対派に所属していたが、次第に反対運動に疑問を抱くようになり、昭和33年5月には、本件土地を処分して他に移転したいと考え、防衛庁東京建設部の係官の買収交渉に応ずるようになった。

これに対し、A2を中心とする基地反対派の者たちは、反対運動の一環として基地の建設に不可欠な土地を買い取る考えのもとに、B1との間で本件土地につき買取交渉を進めた結果、昭和33年5月18日、A2の使用人A1買主としてこれを買い取ることで交渉が成立。

右売買契約に基づいて、本件の一部の土地につき同日付売買を原因とする所有権移転登記を、残りの土地につき同日付停止条件付売買を因とする停止条件付所有権移転の仮登記をした。

ところが、A1は、契約締結時に手附10万円及び右各登記を経由した日に100万円の合計110万円を支払ったのみで、残代金196万円を支払わなかった。

そこで、B1は、A1に対し催告をしたものの残金の支払いは為されなかった

このため、B1は、防衛庁東京建設部建設部長(支出担当官)との間で売買交渉を再開し、に対し本件土地を代金270万円で売り渡す旨の契約を締結

A2は、もともと本件土地の実質的な買主であり、B1A1に対し本件土地についてした売買契約を解除して国との間で本件売買契約をし、右解除及び本件売買契約の効力をめぐって本件訴訟で争われているなどの一切の事情を知悉した上で、A1から本件土地を買い受ける旨の契約を締結し右売買契約に基づき本件土地の一部について所有権移転登記、残りの土地について前記仮登記につき権利移転の附記登記を受けた

A2 に対して土地の所有権の確認を求めて訴えたところ、 A2 は憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」とは国の行うすべての行為を意味するのであって、国が行う行為であれば、私法上の行為もこれに含まれ、したがって、国がした本件売買契約も国務に関する行為に該当するから、本件売買契約(国と B1 間の契約)は憲法9条の条規に反する国務に関する行為としてその効力を有しないと主張した。

2. 争点/論点

・国が自衛隊基地の建設のために土地を購入する行為は、憲法98条1項の「国務に関するその他の行為」にあたるか?
・憲法9条は、私法行為に直接適用されるのか?

3. 条文

条文

憲法98条1項
・この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

憲法9条1項
・日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

憲法9条2項
・ 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

4. 最高裁判決

4.1 憲法98条1項の「国務に関するその他の行為」の意味

憲法98条1項は、憲法国の最高法規であること、すなわち、憲法が成文法の国法形式として最も強い形式的効力を有し、憲法に違反するその余の法形式の全部又は一部はその違反する限度において法規範としての本来の効力を有しないことを定めた規定であるから、同条項にいう「国務に関するその他の行為」とは、同条項に列挙された法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、言い換えれば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、したがって行政処分裁判などの国の行為は、個別的・具体的ながらも公権力を行使して法規範を定立する国の行為であるから、かかる法規範を定立する限りにおいて国務に関する行為に該当するものというべきであるが、国の行為であっても、私人と対等の立場で行う国の行為は、右のような法規範の定立を伴わないから憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」に該当しないものと解すべきである。

本件売買契約 (国と B1 間の契約) は、が行った行為ではあるが、私人と対等の立場で行った私法上の行為であり、右のような法規範の定立を伴わないことが明らかであるから、憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」には該当しないものというべきである。

4.2 自衛隊が憲法9条に違反するものであり、売買契約無効の主張が成立するのか

国がB1との間で締結した本件売買契約は、国がその活動上生ずる個別的な需要を賄うためにした私法上の契約であるから、私法上の契約の効力発生の要件としては、国がその一方の当事者であっても、一般の私法上の効力発生要件のほかには、なんらの準拠法規を要しないことは明らかであり、したがって、本件売買契約の私法上の効力の有無を判断するについては、防衛庁設置法及びその関連法令について違憲審査をすることを要するものではない。

4.3 憲法9条に違反するため売買契約無効の主張が成立するのか

上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であって、それ自体が独立して、具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえず、また、憲法9条は、その憲法規範として有する性格上、私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるものではないと解するのが相当であり、国が一方当事者として関与した行為であっても、たとえば、行政活動上必要となる物品を調達する契約、公共施設に必要な土地の取得又は国有財産の売払いのためにする契約などのように、が行政の主体としてでなく私人と対等の立場に立って、私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り憲法9条の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、まず、本件土地取得行為のうちB1A1に対してした契約解除の意思表示については、私人間でされた純粋な私法上の行為で、国がなんら関与していない行為であり、しかも、B1は、A1が売買残代金を支払わないことから、A1との間の売買契約を解除する旨の意思表示をするに至ったものであり、かつ、国とは右解除の効果が生じた後に本件売買契約を締結したというのであるから、B1のした売買契約解除の意思表示は、国が本件売買契約を締結するについて有していた自衛隊基地の建設という目的とは直接かかわり合いのないものであり、したがって、憲法9条が直接適用される余地はないものというべきである。

次に、B1と国との間で締結された本件売買契約について憲法9条の直接適用の有無を検討することにする。

原審の確定した前記事実関係によれば、本件売買契約は、行為の形式をみると、私法上の契約として行われており、また、行為の実質をみても、国が基地予定地内の土地所有者らを相手方とし、なんら公権力を行使することなく純粋に私人と対等の立場に立って、個別的な事情を踏まえて交渉を重ねた結果締結された一連の売買契約の一つであって、右に説示したような特段の事情は認められず、したがって、本件売買契約は、私的自治の原則に則って成立した純粋な財産上の取引であるということができ、本件売買契約に憲法9条が直接適用される余地はないものというべきである。

4.4 民法90条に違反するため売買契約無効の主張が成立するのか

本件売買契約は、前述のように、自衛隊基地の建設を目的ないし動機として締結した契約であって、B1に対しこの契約を締結するに当たって右の目的ないし動機を表示していることは明らかであるから、右の目的ないし動機は本件売買契約等が公序良俗違反となるか否かを決するについて考慮されるべき事項であるということができるので、以下自衛隊基地の建設という目的ないし動機によって、本件売買契約等が公序良俗違反として無効となるか否かについて判断する

まず、憲法9条は、人権規定と同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定であるから、憲法より下位の法形式によるすべての法規の解釈適用に当たって、その指導原理となりうるものであることはいうまでもないが、憲法9条は、前判示のように私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではないから、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が直接憲法9条の趣旨に適合するか否かを判断することによって、本件売買契約が公序良俗違反として無効となるか否かを決すべきではないのであって、自衛隊基地の建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約を全体的に観察して私法的な価値秩序のもとにおいてその効力を否定すべきほどの反社会性を有するか否かを判断することによって、初めて公序良俗違反として無効となるか否かを決することができるものといわなければならない。

すなわち、憲法9条の宣明する国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保持などの国家の統治活動に対する規範は、私法的な価値秩序とは本来関係のない優れて公法的な性格を有する規範であるから、私法的な価値秩序において、右規範がそのままの内容で民法90条にいう「公ノ秩序」の内容を形成し、それに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法的作用を営むということはないのであって、右の規範は、私法的な価値秩序のもとで確立された私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の私法上の規範によって相対化され、民法90条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成するのであり、したがって私法的な価値秩序のもとにおいて、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立しているか否かが、私法上の行為の効力の有無を判断する基準になるものというべきである。

そこで、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が右に述べた意義及び程度において反社会性を有するか否かについて判断するに、自衛隊法及び防衛庁設置法は、昭和29年6月憲法9条の有する意義及び内容について自衛のための措置やそのための実力組織の保持は禁止されないとの解釈のもとで制定された法律であって、自衛隊は、右のような法律に基づいて設置された組織であるところ、本件売買契約が締結された昭和33年当時、私法的な価値秩序のもとにおいては、自衛隊のために国と私人との間で、売買契約その他の私法上の契約を締結することは、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立していたということはできない。

したがって、自衛隊の基地建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような行為であったとはいえない。

また、上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは理念ないし目的としての抽象的概念であるから、憲法9条をはなれてこれとは別に、民法90条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成することはなく、したがって私法上の行為の効力の判断基準とはならないものというべきである。

そうすると、本件売買契約を含む本件土地取得行為が公序良俗違反にはならないとした原審の判断は、是認することができる

5. ポイントとなる事項

ここがポイント

・憲法9条は国が行う私法上の行為に対して直接適用されるものではない。

・国の行為であっても、私人と対等の立場で行う国の行為は、憲法98条1項にいう「国務に関するその他の行為」に該当しない。


この記事が良いと思ったら以下のリンクからサイト運営費用の寄付をお願いします。

LegaLabへ寄付する

  • この記事を書いた人

徳山 紗里

弁護士。京都女子大学法学部の卒業生で初の司法試験合格。 幅広い分野で弁護士の活動をしております。 詳細は私個人のホームページを参照ください。

-憲法
-,